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2016年2月

2016年2月29日 (月)

2016年2月度:自転車総括

06日(土)   10km ランニング

07日(日)   72.5km 流山橋→玉葉橋→利根運河→柏あけぼの山公園→流山橋→水元公園

08日(月)   10㎞ ランニング

11日(月)  118.0km 流山橋→玉葉橋→利根運河→柏あけぼの山公園→流山→松戸八柱霊園→水元公園

13日(土)   95.7km いつものコース 利根運河→柏→柴又→水元公園

18日(木)   10㎞ ランニング

20日(土)   13km ランニング

21日(日)   13km ランニング  (BRM埼玉200はDNS)

27日(土)  60㎞ 流山橋→玉葉橋→利根運河→柏あけぼの山公園→流山橋

28日(日)  75.6㎞ 流山橋→江戸川→葛西臨海公園→荒川→鹿浜橋

自転車走行距離 月間:421.8㎞、年間1,365.6km   ランニング 月間:56㎞

8日から輸液を外して特養にいる母はがんばっていて2月を持ちこたえました。土日、長い時間、自転車に乗る状況ではないので、とはいえ、体がなまるので代わりに短時間ランニングをやってみた。その後、安静状態を保っているので、27日、28日は午前中だけ自転車。やっぱり自転車は疲労感があって気分がすっきりする。

入院中の父は少しずつ運動機能は良くなっているものの呑み込みできずCV(中心静脈輸液)になってしまっているのが残念。頭がやられてしまったので反応も悪い。でもときどきいきなりしゃべりだしたりもした。んー。

◆  ◆  ◆

こういう状況ではあるものの、急に参加することはできないので、以下を申込。できれば参加するように努力したいのだが。広島と北海道はどんなことがあっても絶対参加。

今後の予定  ○=申込済

2月  BRM221埼玉200小田原城=DNS

3月  ○BRM312東京300相模湾、○BRM326日本橋300フラット東関東

4月  ○BRM402東京400、○BRM423東京600、○BRM430広島1000

5月  BRM521日本橋400

7月  ○715北海道1200

8月  SR600KN

9月  BRM922東京1000

10月 BRM1007埼玉1000

2016年2月14日 (日)

先週から今週 ~母と父の病状と自転車と~

いろいろあった1週間、備忘録かねて簡単に書き記しておきます。

2月3日(水)17時にU病院で主治医と打ち合わせをして、母の静脈輸液を止めて退院し特養老人ホームに戻り看取ることに決めてからその後の状況です。お医者さんは、静脈輸液を外してから、1日~3日ぐらいで亡くなる、人によっては、1か月生きた人もいた、とのことでした。
その後、退院日は、8日午前10時半に決定しました。
人の最期は積極治療をできるだけしてこれ以上は無理だというところまでやって、あきらめて、手を握りながら最期を静かに看取るというドラマの展開しかイメージしていませんでしたが、しかし現実は、子供たちで積極治療、延命治療を止める決断をしなければいけない展開。最近、新聞記事やNHK番組で世の中、同じような話が多いことに気が付きました。今になってみれば、もっとこういう問題を本人が元気なうちに笑いながら、どうしたいかを話しあっておくべきでした。

6日(土)

この日は午前中、洗面台まわりのものを収納する組み立て家具を通販で購入したので組み立て。思ったより難しく自転車乗る時間はなくなり、久しぶりに夕方ランニング10㎞コース。足はランニングに慣れていないのでゆっくり、キロ8分ペース。自転車と違って心拍が上がらないわりには足がツライ。

7日(日)

自転車、午前中、いつものコース。

自宅→流山橋→玉葉橋→利根運河→柏あけぼの山公園→流山橋→水元公園→自宅

Rimg1540

走行距離:72.5㎞

8日(月)

母が午前中にU病院を退院して特養へ移動。私は午前中は会社にしたので、妹が付き添ってくれました。
午後、父と母が最後に会える場を作ってあげようというということで、この日の午後、父をSリハビリ病院から特養へ移動させました。父もCV(中心静脈)カテーテルをしており病院には事情を話して特別に外出許可をもらいました。姉夫婦と女房と娘が一緒に付き添い、寝台車付きの介護タクシーは女房の兄が仕事にしているので依頼し、姉妹、義兄弟、総出のイベントになりました。
私は、会社が遠いので会社から特養に直行、なにもお世話しませんでしたがすべては順調に進みました。
驚きは、父も母も受け答えははっきりしませんが、娘が声をかけたときだけは、はっきりと「澪かい!きれになったね!」と答えました。孫の威力はすごい。

Photo_3

ベッドを近づけてE.Tのように手を合わせさせましたが、何も奇跡は起こりませんでした。
父は交通事故の影響は脳挫傷だけでその他の怪我はありません。見る、聴く、反応するはどうにかできますが口数が極めて少なく、話す能力が劣ってしまっています。呑み込みができなくてCVになりました。母とこうやって会わせたことが理解できているのかできていないのか、まったくわかりませんでした。
一方、母はやや認知症気味。また、耳が遠く、白内障で視力が悪い。お父さんだよと一所懸命言っても、わからない様子でした。ただなんとなく、母はわかっていても、父が交通事故でこういう状態になってしまったことを理解したくないので、理解できないふりをしているのではないかと私は解釈しました。なんとなくですが、そんな風に思えました。

ということで、結局、これは子供たちの自己満足で会わせただけになっちゃたねと一同が納得する結果でした。

この日はその後夕食前に少し時間ができたので、また、ランニング10㎞コース。

9日(火)、10日(水)は会社で仕事中にいつ連絡が入るのかと気になっていましたが、特養の看護師さんやヘルパーさんには頭が下がる思いで献身的にお世話いただいており、栄養も水分も取っていなくても落ち着いた状態です。

11日(木)

自転車、いつものコースから八柱霊園。

自宅→流山橋→玉葉橋→利根運河→柏あけぼの山公園→流山→松戸→八柱霊園→水元公園→自宅

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いつものコースからついでにお墓の様子をうかがいに行ってみました。父も私も長男なので祖父と祖母の代からの墓。母は以前この墓に入るのを嫌がっていたんですけどね。父は墓石を作り替えたいと言っていたんですけね。どちらの意見も今のところ却下。でも敷石とか植木とかリフォームをする必要がありそうです。

12日(金)

会社を有給休暇にしていました。
姉が実家に来ていたので実家の部屋の片づけの手伝い。亡くなったら家にいったん帰るための準備です。和室にある畳ベッドを北向きに変えて余計な飾り物を閉まって。

それから所得税確定申告の書類作成。毎年、自分の分と女房の分。
昨年やり忘れた株の配当を総合課税で申告に加えてみたら、アッと驚き、13,000円も戻ってくる結果に。配当って、源泉徴収だと15%程度税金になっているけど、私の所得だと10%でOK、それに加えて申告すると配当金額の10%が税額から控除されるんですね。こりゃ、やらねば損ですぞ。

13日(土)

自転車、関宿城往復。

自宅→流山橋→関宿城→水元公園→自宅

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先だっても見かけましたが、江戸川河川敷でUコンを飛ばしているグループがいますよ。懐かしいね。私も小学校のころにUコンとエンジンを買って組み立てした経験あります。しかし、結局小学生には難しくて、完成できずに廃棄した思い出があります。

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走行距離:95.7㎞
午後に父のところに行ったら、ちょうどリハビリの時間。
言葉に反応することはできるけど、文字を見て声を出して読むことはできません。それに3か月間、寝たきりで過ごしているので立ち上がることが困難になっています。少しずつ進歩はしているようだけど、口から食べることができなくなってしまっているのが一番厳しい。

そのあと、母のところへ。
妹が午前中からずっと付き添っていました。落ち着いています。輸液でむくんだ腕も少しだけ水分が抜けていますが、まだけっこう水分残っています。

さて、今日もこれから母のところへ。

2016年2月 5日 (金)

きた~ パリ・ブレスト・パリ完走メダル

ついに、やっと、今日会社から帰宅したら、来ていましたー、Audax Club Parisienからの封筒。

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切手は、BMW、メルセデスベンツのクラシックカーとどこかのお城。封筒も記念に捨てられないね。
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中には、リザルツが記載された冊子とブルべカード、DVD、そして完走メダル。メダルはでかいよ。
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リザルトは、参加者のすべての人の結果が記載されています。JAPANのところを見ると、三船さんの43時間台は別格として、50時間台2名、60時間台5名、70時間台16名、すごいです。
最初のほうのページには、参加回数の多い人が掲載されていますが、MENでは11回が9名。連続で参加しても40年ですよ。30歳から参加したら70歳ですか?
冊子の写真を見ていると、これだけの大きなイベントをボランティアだけで実施しているってほんとにすごい! 次回2019年もまた行くぞー! 
◆  ◆  ◆
重たい話ですが、来週月曜日に母の輸液の点滴を外して看取ることに決めました。今は、輸液とか胃ろうでかなり長く生きることができますが、輸液の場合、体に水分がたまってむくんできてしまい、どこかで決断が必要になります。これでいいのか、自問自答の連続ですが、しかたがないです。
月曜日に別の病院にいる父を移動させて母に合わせる予定です。父は交通事故での脳挫傷のあと、認識能力があるのかないのかはっきりしない状態です。父も中心静脈に輸液をしている状態ですが、最期なので合わせることしました。理解できるでしょうか。
そして、母は月曜日まで意識があるでしょうか。
来週は、厳しい一週間になりそうな予感です。

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