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2016年2月14日 (日)

先週から今週 ~母と父の病状と自転車と~

いろいろあった1週間、備忘録かねて簡単に書き記しておきます。

2月3日(水)17時にU病院で主治医と打ち合わせをして、母の静脈輸液を止めて退院し特養老人ホームに戻り看取ることに決めてからその後の状況です。お医者さんは、静脈輸液を外してから、1日~3日ぐらいで亡くなる、人によっては、1か月生きた人もいた、とのことでした。
その後、退院日は、8日午前10時半に決定しました。
人の最期は積極治療をできるだけしてこれ以上は無理だというところまでやって、あきらめて、手を握りながら最期を静かに看取るというドラマの展開しかイメージしていませんでしたが、しかし現実は、子供たちで積極治療、延命治療を止める決断をしなければいけない展開。最近、新聞記事やNHK番組で世の中、同じような話が多いことに気が付きました。今になってみれば、もっとこういう問題を本人が元気なうちに笑いながら、どうしたいかを話しあっておくべきでした。

6日(土)

この日は午前中、洗面台まわりのものを収納する組み立て家具を通販で購入したので組み立て。思ったより難しく自転車乗る時間はなくなり、久しぶりに夕方ランニング10㎞コース。足はランニングに慣れていないのでゆっくり、キロ8分ペース。自転車と違って心拍が上がらないわりには足がツライ。

7日(日)

自転車、午前中、いつものコース。

自宅→流山橋→玉葉橋→利根運河→柏あけぼの山公園→流山橋→水元公園→自宅

Rimg1540

走行距離:72.5㎞

8日(月)

母が午前中にU病院を退院して特養へ移動。私は午前中は会社にしたので、妹が付き添ってくれました。
午後、父と母が最後に会える場を作ってあげようというということで、この日の午後、父をSリハビリ病院から特養へ移動させました。父もCV(中心静脈)カテーテルをしており病院には事情を話して特別に外出許可をもらいました。姉夫婦と女房と娘が一緒に付き添い、寝台車付きの介護タクシーは女房の兄が仕事にしているので依頼し、姉妹、義兄弟、総出のイベントになりました。
私は、会社が遠いので会社から特養に直行、なにもお世話しませんでしたがすべては順調に進みました。
驚きは、父も母も受け答えははっきりしませんが、娘が声をかけたときだけは、はっきりと「澪かい!きれになったね!」と答えました。孫の威力はすごい。

Photo_3

ベッドを近づけてE.Tのように手を合わせさせましたが、何も奇跡は起こりませんでした。
父は交通事故の影響は脳挫傷だけでその他の怪我はありません。見る、聴く、反応するはどうにかできますが口数が極めて少なく、話す能力が劣ってしまっています。呑み込みができなくてCVになりました。母とこうやって会わせたことが理解できているのかできていないのか、まったくわかりませんでした。
一方、母はやや認知症気味。また、耳が遠く、白内障で視力が悪い。お父さんだよと一所懸命言っても、わからない様子でした。ただなんとなく、母はわかっていても、父が交通事故でこういう状態になってしまったことを理解したくないので、理解できないふりをしているのではないかと私は解釈しました。なんとなくですが、そんな風に思えました。

ということで、結局、これは子供たちの自己満足で会わせただけになっちゃたねと一同が納得する結果でした。

この日はその後夕食前に少し時間ができたので、また、ランニング10㎞コース。

9日(火)、10日(水)は会社で仕事中にいつ連絡が入るのかと気になっていましたが、特養の看護師さんやヘルパーさんには頭が下がる思いで献身的にお世話いただいており、栄養も水分も取っていなくても落ち着いた状態です。

11日(木)

自転車、いつものコースから八柱霊園。

自宅→流山橋→玉葉橋→利根運河→柏あけぼの山公園→流山→松戸→八柱霊園→水元公園→自宅

Rimg1546

いつものコースからついでにお墓の様子をうかがいに行ってみました。父も私も長男なので祖父と祖母の代からの墓。母は以前この墓に入るのを嫌がっていたんですけどね。父は墓石を作り替えたいと言っていたんですけね。どちらの意見も今のところ却下。でも敷石とか植木とかリフォームをする必要がありそうです。

12日(金)

会社を有給休暇にしていました。
姉が実家に来ていたので実家の部屋の片づけの手伝い。亡くなったら家にいったん帰るための準備です。和室にある畳ベッドを北向きに変えて余計な飾り物を閉まって。

それから所得税確定申告の書類作成。毎年、自分の分と女房の分。
昨年やり忘れた株の配当を総合課税で申告に加えてみたら、アッと驚き、13,000円も戻ってくる結果に。配当って、源泉徴収だと15%程度税金になっているけど、私の所得だと10%でOK、それに加えて申告すると配当金額の10%が税額から控除されるんですね。こりゃ、やらねば損ですぞ。

13日(土)

自転車、関宿城往復。

自宅→流山橋→関宿城→水元公園→自宅

Rimg1548

先だっても見かけましたが、江戸川河川敷でUコンを飛ばしているグループがいますよ。懐かしいね。私も小学校のころにUコンとエンジンを買って組み立てした経験あります。しかし、結局小学生には難しくて、完成できずに廃棄した思い出があります。

Rimg1552  

走行距離:95.7㎞
午後に父のところに行ったら、ちょうどリハビリの時間。
言葉に反応することはできるけど、文字を見て声を出して読むことはできません。それに3か月間、寝たきりで過ごしているので立ち上がることが困難になっています。少しずつ進歩はしているようだけど、口から食べることができなくなってしまっているのが一番厳しい。

そのあと、母のところへ。
妹が午前中からずっと付き添っていました。落ち着いています。輸液でむくんだ腕も少しだけ水分が抜けていますが、まだけっこう水分残っています。

さて、今日もこれから母のところへ。

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コメント

かっちんさん。他人事ではないのでとても興味深く読んでいます。家族がまとまって対応しているようなので安心ですね。頑張って下さい!!

NOMさん

一人で対応するとしたら、非常に大変ですよ。実は、大勢である意味ワイワイガヤガヤしながら対応できているので、それに姉、妹、女房と、女手が多いのも助かってます。

自己満足じゃないと思いますよ。きっと、わかっていますよ。

しかし、ウチも亡くなった父のことや母のことをみながら、自分のエンディングについても考えておかなくちゃと思いました。その点、父は出来てましたね。母は全くダメ。

話しが出来る時にしておいた方が良いとは思いますが、その時になって見ないとわからないですよね。

パパさん

ありがとうございます。わかっているといいんですけどね。

今回葬儀社をインターネットで資料取り寄せしたんですけど、資料といっしょにエンディングノートをおまけで付けているところが3社ありまして、私もしっかりとわかりやすく書きとめておこうかと思いました。父と母の所有財産もどうにか把握できましたが、先行き私が父の後見人にならないと行き詰まりそうです。この辺りも難しい問題になりそうです。

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